ある日、財産差し押さえ調書が家に届いた。

 

はじめまして、ジーノと申します。

 

このページではジーノがフリーター時代に起業してから

ストーリーライティングを学ぶコミュニティを作るに至るまでの

物語を書かせていただきます。

 

もし今後ずっと価値観の合う

仲間やお客さんと深く付き合い

やりがいのあるお仕事をしたい方、

 

今コミュニティを持っている方、

あるいはこれからコミュニティを作ろうと思っている方に

特に学びがありますのでぜひ最後まで御覧ください。

 

僕は子供の時から少し変わっていて、

「人と同じこと」がとにかく出来ない人間でした。

 

運動会の集団ダンスが嫌すぎて当日バックレたり

サッカー部で誰もやりたがらないゴールキーパーを進んでやったり

高校時代にはクラス全員が推薦で進学する中、たった一人大学受験する道を選んだり

大学では一度も就活することなく卒業しました。

 

「みんなが頑張ってるから」という言葉が苦手でした。

 

高校時代、帰宅部だった僕は

「みんな部活で頑張ってるんだから、お前がやってくれ。」

と文化祭の実行委員会を押し付けられたこともありました。

 

でも

「みんなが頑張っていようが、僕は僕がやりたいことをする。」

と無視して帰りワンピース読んでるみたいな人間でした。

 

人に何かを強制されることにとてつもなくストレスを感じる人間だったのです。

 

だから好きなだけぼーっと出来る、山や海で過ごすのが大好きでした。

 

誰もしてないことがしたい。

人に合わせて自分の気持ちを押し潰したくない。

誰かが勝手に敷いたレールの上を歩きたくない。

といつも思っていました。

 

なんだただの中二病か、と思うかもしれません。

自分でもそう思います。

 

でも生き方や意見を無理に人に合わせると、心に違和感が生じます。

サイズがちぐはぐな他人のスーツを着るようで気持ち悪かったのです。

 

僕はどうせ一度の人生なら、自分に一番フィットするオーダーメイドの人生を送りたい。

 

自分の人生ほど人に任せにして気持ち悪いモノはありませんでした。

 

就活はその最たる例でした。

 

「なぜ人が親切に作ってくれたレールの上ほど、こんなにも歩きにくんだろう?」

 

それは就活があらかじめ誰かが勝手敷いたレールであり、

まるで既製品の服をサッと着るかのように仕事につかないといけないからだと気づきました。

 

既製品は合う人もいれば合わない人もいる。

 

でもただひとつ絶対言えるのは、既製品は誰にとっても絶対に「ジャストフィット」はしないということだ。

 

少なくとも自分には合わなかった。

 

用意された人生なんかごめんだ。

自分に一番フィットする人生を送りたい。

自分が本当にやりたいことが何なのか知りたい。

心からやりがいが持てることを見つけたい。

 

僕は心の底からやりたいことを探す旅に出ました。

 

でもこの時、道なき道を開拓するのは、尋常じゃなく厳しく険しい道であることを、僕はまだ知りませんでした。

 

ある日、財産差し押さえ調書が家に届いた。

 

夢のためにバイトで貯めたなけなしの20万円が、ある日口座から消えた。

 

どうやら名古屋市に財産がほぼ全て差し押さえられたらしい。

 

心当たりと言えば…正直結構あった。

 

僕は大学卒業後、フリーターになりました。

 

その日食うためだけの仕事をして、いわゆる「自分探し」に明け暮れた。

 

語学を勉強してみたり

一人で日本中に周ってみたり

お国の試験に受験して合格したこともあった。

 

大学時代の借金360万円を毎月返しながら一人暮らし。

 

なけなしのバイト代で旅費や勉強代を捻出していたので、常に貧乏生活だった。

 

そのうち色んなところで公的な支払いの滞納が重なり、とうとう口座を差し押さえられたのです。

 

料理を学びたいと思い、ナポリへ行くために1年間地道に貯めた20万円だった。

 

自業自得だけど、それからしばらく何も手につかなくなりました。

 

突然の貯金ゼロ。

 

あるのは大学時代に作った借金360万円と

5年分の履歴書の空白(ブランク)と

 

そして他人への劣等感と嫉妬だけでした。

 

友達のお母さんにキレ散らかされて、心が救われる。

 

どんなに挑戦してもこれだと言えるものは見つからない。

大学を出て4年が経っていた。

 

初任給で親孝行してたり

結婚して子供を養っていたり

彼女と毎月旅行に行ってたり

おいしいものを食べたり

アウトドアを楽しんでいたり

 

フェイスブックやインスタを見れば、

立派に働いてる友達の姿が嫌でも目に入った。

 

「おれは他人が敷いたレールには乗らない。」

と偉そうなことを言いながら、やってることはスーパーのバイト。

 

友人と自分を比べていつも自分が情けなくなった。

 

自分の生き方は自分で決めたい

という想いに嘘はない。

 

でも人と違う道を孤独に歩んでいると、

「自分が間違っているんじゃないか?」

「おれは口だけで何も生産してない社会のゴミなんじゃないか?」

と思わずにはいられなくなった。

 

財産差し押さえ事件もあり、すっかり心が弱っていたある日。

 

たまたま友達の家の前を通りかかった。

すると仕事から帰る友人とばったり会いました。

 

彼は子供の頃の夢を叶え、教師として立派に活躍していました。

そして仕事のことを楽しそうに話してくれた。

 

夢を叶えて生き生きと仕事している彼は眩しかった。

 

しばらく立ち話をしたあと、

「ちょっと久しぶりに母さんに会ってあげてよ。」

と言われ、数年ぶりに友達のお母さんと再会。

 

昔よく世話になってたから会いたい気持ちもあったけど、現状が恥ずかしくて会いたくない気持ちも正直あった。

 

友母「ジーノちゃん!久しぶり!」

G「お久しぶりです。」

 

僕は今何をしているか、詳しく話した。

 

G「…という感じなんです。」

友母「あんたはこんなところで油売ってないで早くイタリアでも行ってきなさい!料理好きなんだし学んできなさい!!」

と、半ギレで優しく励ましてくれた。

 

どうやらずっと心配してくれてたらしく、さっさと自分の道を見つけろと伝えたかったらしい。

 

その日、友人母にはげしく激励された僕はまた頑張ってお金を貯めようと誓った。

 

そして半年後。

 

今まで以上に切り詰めまくってバイトを増やし、前回の倍のスピードで20万円の貯金と旅費も貯めることに成功したのです。

 

憧れた生き方を体現しているナポリのピザ職人。

 

初めて一人で海外へ行く。

 

わくわくしたけど、ナポリは治安の悪い街と聞いていたので怖かった。

 

イタリア語は3ヶ月ほど独学した。

イタリア人とは話したこともなかったけど、身振り手振りで案外なんとかなった。

 

僕はイタリアン、特にナポリピザが好きだったので、ナポリの老舗を周ることにした。

 

好きなものに触れれば、何かインスピレーションが沸くんじゃないかと思った。

本場の雰囲気、人、味を知りたかった。

 

 

イタリアには北から南まで1ヶ月滞在したけど

ナポリは特に長く滞在して、ほとんどピッツェリア(ピザ屋)を周った。

 

そしてナポリのピザ職人にたくさん会った。

 

ナポリの近郊には、100年以上代々続く老舗ピッツェリアがあった。

 

僕はその店の店主さんとどうしても話がしたかった。

 

100年もピッツァ一筋で仕事をしている

その理由を知りたかったからです。

 

彼こそ僕が憧れた、

自分が本当にやりたいことを知り

心からやりがいが持てる仕事を見つけてる人だと思ったから。

 

勇気を出して店を尋ねると、若いシェフたちが食事中だった。

10代〜20代の男女が食事をしていた。

 

G「ボンジョルノ」

彼ら「ボンジョルノ!何か用…?」

 

いきなり変なチーノ(中国人)が訪ねて来たぞ…。

といった感じで、かなり不思議そうな目で見られた。

 

僕は店主さんはいないか尋ねると今日は休みだと言われた。

 

せっかく来たのに休み…!!

めっちゃ残念な表情をしていると、一人の男性が

 

「電話してやるよ!そこで待ってな。」

と店主さんに電話をかけてくれた。

 

(ナポリの人はいい意味でおせっかいで、人が困ってると超優しいのです。)

 

しばらくしたら店主さんが来てくれることに。

 

待ってる間に若いシェフが厨房の中を案内してくれた。

 

「これがピッツァの生地だよ!触ってみな!」

「これはズッキーニの花。フリットにするんだぜ!」

 

まだ中学生くらいで可愛げの残る生意気なナポリっ子のシェフが待ってる時間も楽しませてくれた。

 

そして店主さんの弟のピザ職人がマルゲリータを出してくれた。

 

「まだすぐに来ないから、食べてな!」

 

僕はイタリアに来てから色んな意味でずっと緊張していたので、マルゲリータを食べた時にやっと少し心がほっとして、涙が出そうになった。

 

イタリアに来て一番美味しいピザだった。

 

ゆっくり味わっていると、店主さんがひょっこりやってきた。

 

「チャオ。日本から来たんだね?よく来たね。」

 

「キミの人生も、死ぬ前に読み返すストーリア(物語)だよ。」

 

店主さんは背が低く、優しい目をした人で、一見普通のおじいちゃんだった。

 

とは言え、ナポリがまだ貧困にあえいでいた時代から、100年以上ここで家族代々ピザを焼いている生粋のマエストロ。

 

僕はたくさん話が聞きたかったので、片言のイタリア語だったけどあれこれ聞いた。

 

・なんでピザ職人になったのか

・他の仕事に就こうと思ったことはなかったか

・ピザ職人という仕事のやりがいとは

・昔のナポリはどんな街だったか

・日本のピザ職人の話

・今の仕事が好きかとか

 

たくさん話を聞いた。

家族のことも話してくれた。

 

昔はお店も大きくなくて頭の上にピザ乗っけて店の前で売り込んでたこと。

ナポリが裕福な街じゃなかったからピザの値段は死んでも上げるなって親から言われたこと。

ナポリピッツァは今世界に広がっているから協会が必死に伝統を守っていること。

人とのつながりも自分の生きがいも、人生のすべてをナポリピッツァが作ってくれたこと。

日本に愛弟子や知り合いがたくさんいるのもピッツァのおかげだということ。

 

そして最後に

「だから僕はこの仕事を愛している。」

と言った。

 

この店のシェフが

・見ず知らずのアジア人に会ったその日から親切にしてくれる理由も

・おせっかい焼いてくれる理由も

・この人が幸せに満ちた表情をしている理由も

少しわかった気がした。

 

「だからここの人は、みんな優しいんですね。」

と片言で伝ると

 

「そうだよ。」

「僕の人生も、キミの人生も、死ぬ前に読み返すストーリア(物語)だよ。」

「だからナポリ人はみんなで助け合うんだ。人間一人では幸せにはなれないでしょ?」

と言った。

 

はっきり聞き取れたわけじゃないし、単語がかろうじてわかっただけだけど、そんな感じのことを言ってたんだと思う。

 

僕はその言葉に感動して、しばらく固まってしまった。

 

ナポリの壮絶な歴史を身を持って知ってる人からの言葉は重みがあった。

 

それから店主さんは仕事に戻り、僕はみんなにお礼を言い、エスプレッソを一杯飲んで帰ることにした。

 

この言葉を本当の意味は、この時まだ理解出来てなかったけど、彼に会えただけでもイタリアに来てよかったと思った。

 

そしてピザ職人という仕事にも俄然興味が湧いた。

 

でも日本に帰った僕に待ってたのは「挫折」でした。

 

挫折。

 

帰国後、地元の有名イタリアンで働くことにしました。

 

東京のデパートで催事をしてた社長に直談判して、働かせてもらったお店でした。

 

イタリアで周ったお店の話や、社長が修行したお店にも行ったことを話たら社長は気に入ってくださり、

 

「いいよ、明日から来いよ。」

と言ってくださいました。

 

 

でも、僕はその店をすぐに辞めてしまうのです。

 

 

いっしょに働いてた人はみんな、

将来店を出して地元で一番のレストランにするとか、

イタリアの大会で優勝するとか、

ナポリで店を出すとか

明確な夢と高いモチベで働いていた。

 

一方僕はイタリアに行き職人さんに出会って感化されはしたものの、この世界で何かを成し遂げようという明確な目標はなかった。

 

働き始めて1ヶ月くらいした時、いつも気にかけてくれてた料理長に話かけられた。

 

料理長「ジーノ、ちょっと話そうか。」

 

G「はい。」

 

料理長「お前はなんでここにいるんだっけ?」

 

僕はすぐに答えられなかった。

 

料理長「オレたちは好きでやってるから続けられるけど、もし理由がないならここの仕事は遅かれ早かれ続かないと思うよ。

 

今までたくさん見てきたけど、目標あるやつも途中でだいたいやめていく。

 

やってわかったと思うけどめちゃくちゃハードだよな。ここの仕事。

 

もし理由がないなら悪いことは言わないけど、今のうちに辞めたほうがいいよ。

 

おれはお前のこと嫌いじゃないしお前が続けたいと思うなら止めないけど、その分色んなこと犠牲にしないといけないし、覚悟ないならおすすめはしないかな。」

 

多分僕が違和感を感じながら仕事してた様子をずっと見てくれてたんだと思います。

 

そして最大限優しく言ってくれたんだと思う。

 

自分でもここで働くのにふさわしい人間じゃないとわかったし、自分の時間を削って仕事を教えてくれる本気の先輩たちにも申し訳なくなり結局その日で店をやめてしまった。

 

「おれはイタリアまで行って、社長に直談判までしても、結局いつものように中途半端で投げ出す人間なんだ。」

と何やっても続かない自分が情けなくて帰り道に涙が出た。

 

何より社長に善意で働かせてもらった上に

色んな人に迷惑をかけたことが申し訳なくなり、

それから半年くらい同じ夢でうなされた。

 

厨房で働く夢を毎日見た。

夢の中でいつも謝ってた。

 

たくさんの人の善意を裏切った自分への罪悪感に押しつぶされそうになった。

 

それからしばらく何かに挑戦する気力もなくなった。

 

「もう意地を張るのはやめようかな…。」

とバイトしながら公務員試験予備校に通ったこともあった。

 

あれだけ啖呵きって、今「安定」を目指そうとしてる。

血迷ってる自分に笑えてきた。

 

勉強自体は楽しかったので半年で筆記に合格したけど、面接には行かなかった。

 

いつの間にか大学を出て5年が過ぎてた。

 

もう新卒という切れるカードもないし、やりたいこともない。

 

将来への不安と絶望を抱えた27歳になっていた。

 

 

そんな時に出会ったのが「起業」という手段だった。

 

今日行きたいところへ行き、会いたい人に会い、学びたいことを学べることは幸せだと気づく。

 

イタリアンを辞めた僕はまたフリーターに逆戻りしていた。

 

そしてまた「自分のやりたいことってなんだろう」とぐるぐる考える日々に突入した。

 

ただそれまでと違ったのはイタリアの旅をはじめ色々な挑戦を通して、

ひとつだけ自分の中にある「確かな願望」に気づいた事というです。

 

それは、

今日行きたいところへ行き、会いたい人に会い、今学びたいことを学んだり、自分の意思に忠実に生きてる瞬間は物凄く幸せだった。

ということでした。

 

誰に何かやらされてるわけでもなく、自分がやりたいことやってる時が、最も夢中で力を発揮してると気づきました。

 

逆に組織に縛られたり、自由を制限されそうになると激しく心がすさみ反発する。

 

漠然とした自分探しでも、トライし続けたからこそ見つかった願望だった。

 

「でもそれって結局、やりたいことだけやって、やりたくないことはしないってことなんじゃないか?」

 

そんなわがままな生き方、そもそもできるわけ無いと思った。

 

どんな生き方が自分にとっての幸せなのかはわかったけど、

どう実現すればいいのかわからない。

 

逆に辛かった。

 

でもある日、バイト終わりに何の気無しに見てたネットの記事で「起業」という選択肢を知りました。

 

同い年くらいの若い人がネットを使って仕事して、

誰にも雇われずサラリーマンの生涯年収を稼いでるみたいな話だった。

 

彼らはネットで仕事してるから家の中や、パソコン持って旅をしながら働いて、

 

WEBサイトを作って広告費で稼いだり

知識を発信しコンテンツを販売したり

コンサルティングサービスを売ったり

 

全てパソコン1台で仕事を完結させて、仕事と遊びの境目なく毎日その日したいことをして生きてた。

 

組織に所属せず

やりたいことをやって

学びたいことを学び

住む場所すら決めない

 

自分の価値を高めて

人に媚を売ることもなく

価値観の合う人とだけ付き合いお仕事する

 

僕は起業なんて手段、考えたこともなかった。

 

だってそんなの頭の良い一部の天才しか成功出来ないものだと思っていたから。

 

職歴もない、資格も持ってない。

大学もいわゆる「F欄」だったし、お金も人脈も何もなかった。

 

まともな起業面接すら受けたことない自分が起業なんて自分でもバカな話だと思った。

 

だからたった一人でビジネスを成立させて、

悠々自適に生きる彼らの生き方には衝撃を受けた。

 

もちろん最初から受け入れられたわけでなく、当然よくあるうさんくさい詐欺話だと思った。

 

「心が弱ってる時ほど、こういう話に騙されやすいからなあ。気をつけんと…」

その日は忘れて寝ようと思った。

 

でも

「本当にそんな生き方出来るんかな…」

って気持ちもちょっとあった。

 

考えてたら寝れなくなった。

 

気になって調べてるうちに、ネットを使ってスキルやサービスを提供して生きてる人が結構いることを知った。

 

サラリーマン

主婦

ニート

大学生

フリーター

 

立場も境遇もまちまちで自分にも出来るんじゃないかって気持ちになった。

 

「これだ…!」と思った。

 

だってこれが出来れば、

イタリアを自由に周ってた時みたいに、

好きな勉強に明け暮れた時みたいに、

自分がやりたいことやって学びたいことを学んでいられる。

 

ずっと求めてた「自分にフィットする人生」を作ることが出来るんじゃないかって思ったのです。

 

ネットを使った仕事ってところにも将来性を凄く感じた。

 

この世界でチャレンジしてみたい…!

アルバイトの傍らで起業しました。

 

とりつかれたように毎日情報収集して、作業した。

 

 

ただ今までフリーターだった人間がすぐにうまくいくわけもなく。

 

3ヶ月もすれば、十分に現実を思い知らされた。

 

寝る間も惜しんで3ヶ月。稼げたのはたったの、33円!

 

最初に始めたのはブログ。

 

お金が無かったので、バイト帰りに本屋によって本を立ち読みして、ブログに書評を書いた。

寝ずにバイト行って、立ち読みして、ブログ書く生活を3ヶ月。

 

とにかく毎日記事を書いた。

 

そして3ヶ月後…

 

200記事書いて稼げたのは33円だった。

 

これバイトしてた方が稼げるじゃん…。

何でこんなに頑張ってるのに稼げないんだ…?

やっぱ自分なんかには無理なのか…。

 

毎日10時間くらいパソコンの前に座って作業してるのに、3ヶ月で33円。

 

ビジネスの世界では

「何時間作業したか」に意味はないし、

がむしゃらに努力しても結果は出ない。

 

重要なのは

「どれだけ世の中に価値を提供したか」

であると、身をもって体験しました。

 

でもそれなりに本気で取り組んでいた分、正直気が滅入った。

 

正直いつもならこの時点ですぐ投げ出してたと思う。

 

でもビジネスだけは何度心折れそうになってもやめなかった。

 

今まで散々わがまま言ってきた自分に、神が与えてくれた最後のチャンスだと思った。

 

途中で投げ出して惨めな思いをするのも

生活費のために熱が出てもバイト行くのも

何もない自分を肯定して生きていくのも

もう嫌だった。

 

だから、諦めずに続けた。

 

ただこのままがむしゃらにやっても

失敗し続けるのだけは確かだった。

 

考えた末、「わかる人に聞く」道を選びました。

 

師との出会い。

 

なんせお金がなかった。

 

小銭をなんとかかき集めて、作れたのは2000円くらい。

ゲームとか家にあるもの全部売って1万円くらい。

 

なんとか元手を集めても

「こんだけで教えてくれる人なんていないだろうな…」

と思った。

 

一度ブログで稼いでいる人の情報を探しまくりました。

何人かメルマガを取って、ダメ元だったけど運良く一人の方とアポが取れた。

 

同郷、同い年の男性だった。

 

同い年なのに、僕の20倍は稼いでる人だ。

 

「なんで生まれた場所も年齢もそこまで変わらないのに、ここまで違うのだろう。」

と自分が情けなくなった。

 

でも同時に

「自分も正しい努力を重ねればこの人のようになれるはず…!」

という勇気も湧いた。

 

ガクガクに緊張しつつもこのアポがきっかけでコンサルしていただけることにもなった。

 

これが人生を変える出会いになった。

 

先生からは

「まずブログアフィリエイトからやりましょう。」

と言われ、言われるがままにブログを立ち上げた。

 

とにかく金がなかったので、リミットは持って2ヶ月だった。

 

元手1万2千円で10万円のコンサルを受けたので、稼げなければ来月から収支マイナスは確実だった。

 

せっかく掴んだチャンスなので「値引きして」とか「まけて」とか口が裂けても言えない。

 

何よりそれを言うことで僕の本気度が伝わらなくなり、断られたり距離を置かれたり手加減されるのが最も最悪なシナリオだった。

 

まずポイントサイトでなんとか食いつないだ。

ネットの乗り換えで商品券を手に入れて金券屋で売った。

 

ガスや電気が止まることもあった。

 

前進する度に壁が現れて、何度も心が折れそうになった。

 

あまり大きな声では言えないけど、電気が止まった時はデパートのフードコートでパソコンを充電した。

お店からわずかに漏れるWi-Fiで記事を書いたこともあった。

 

よくないことだとわかってたけど、必死だった。

 

幸い自然が好きだったの山菜や草木の知識があった。

食べるものが無いときは夜中に近所の寺でどんぐり拾って食べたこともあった。

 

椎の実を拾って、炒って食べた。

 

成功して全部ネタにしてやればいいと思って必死に食いつないだ。

 

ブログは先生に言われたとおり、とにかく続けた。

 

先生は嫌な顔を一切せず親身に相談にのってくれたし、僕も毎日相談した。

 

そのかいもあり徐々に結果が伸びていった。

 

実践2ヶ月目。

ブログで月収10万円くらいなら稼げるようになった。

 

あんなに作業して3ヶ月で33円だったのに、教えてもらってからは2ヶ月で10万円。

 

正しい知識を仕入れて、正しい努力をする大切さが身にしみた経験になった。

 

そして人間追い込まれるとあれこれ工夫して、ピンチもなんとか乗り切れるものだという自信もついた。

 

やってる時は不安もあったけど、これをやりきれば人生変わる確信だけはあった。

 

稼いだ時は先生も一緒になって喜んでくれた。

 

 

それから半年後。

ブログの月収が140万円を越えた。

 

バイトを辞められるようになり、独立することになった。

 

そしてあの時憧れた生き方が出来るようになった。

 

平日から日本中を旅して仕事する。

毎日学びたいことを学びたい。

 

やりたい事はある程度、その日のうちに何でも出来るようになった。

 

何してたっていい。

僕が望んだ誰にも縛られない人生だ。

 

確かに夢も叶えた。

めでたしめでたし。

 

で、終わればよかったのですが、理想生活は思ったよりもひたすら孤独だった。

 

月収100万円稼げるようになり無事、心は病む。

 

月収10万そこそこでやりくりして、毎月5000円の食費で生きてた人間が月収100万円持つとどうなるでしょうか?

 

宝くじがあたった人のように金銭感覚が狂い、生活がおかしくなる。

気づいた頃にはすべてを失い稼ぐ前よりも貧しくなる。

 

という想像をするかもしれないですね。

 

確かにご飯は2食きちんと食べれるようになったし、ふらっと旅に出てしばらく帰ってこないみたいな生活も出来るようになった。

 

家電も買えるようになったし、生活水準は確実に上がった。

 

でも僕は住む場所も変えずワンルームのボロアパートで今まで通り暮らしてた。

 

ずっと「普通の生活がしたい」と思っていました。

 

なので電気やガス代に毎月追われなくなっただけで、十分に心が満たされてしまったのです。

 

5年間ずっと貧乏な生活をしてたので、毎日好きなものが食べれたり、高級食品であるマクドやココイチ(トッピング付き)を食べられるようになってじゅうぶん幸せだった。

 

元々物欲もそこまでなかった。

 

パソコン持って沖縄にふらりと行って、1週間くらいホテル暮らしをしてみたり。

仕事を気にせず自然の中で癒やされながら本を読んだり。

モンハンが出たら寝ずにやって全クリしたり。

ジャンプの漫画とか映画を見漁ったりしたけど

 

必死になって手に入れた生活は、2ヶ月も持たなかった。

 

一人で沖縄行っても最初の2〜3日はいいけど、1週間話す人いないと暇だった。

いくら映画・アニメ・本を見ても感想を話す相手がいなければつまらなかった。

モンハン最速クリアしたってそれをドヤ顔で自慢出来る友達がいなければつまらなかった。

 

人ってめんどくさい生き物で、好きなことやってても気持ちを分かち合って共感出来る人間がいないとひたすら孤独になります。

 

ミュージシャンがいくら自分の中から良い曲をひねり出しても、聞いてくれる人がいなければ意味がないと思ってしまうのと同じ現象だ。

 

「僕が目指してた理想ってこんなにも孤独で退屈だったんだ。」

 

毎日やりたいことに夢中で忙しい日々。

輝いた目でいきいきと自分の人生を生きてる。

 

ビジネスで成功すれば、充実した気持ちで毎日を送れるようになると思ってた。

 

でも好きな時に好きなことが出来るだけの人生は、欲望と惰眠をむさぼるだけのどこか味気ないものだった。

 

「僕が望んだ生き方って、こんなんだったっけ?」

 

お金はバイト時代と比べ物にならないくらいある。

何もしなくても毎月生活費が振り込まれる。

 

でもあの頃僕が憧れてた人生はそこになかった。

 

それどころか、心はどんどん荒んでいく一方だ。

 

ただ漠然と過ぎていく日々に

「自分は価値のない人間なんじゃないか…。」

と無価値感を感じるようになっていった。

だんだん無気力になり家から滅多に出なくなった。

 

 

そんな時、知り合いからとある相談されました。

 

「Ginoさん、友達がブログ始めたいって言ってるんだけど、教えてあげてくれませんか?」

 

Tさんとの出会い。

 

絶賛退屈な日々に病んでいた時だったので一瞬迷った。

 

でも仲の良い知り合い紹介だったので

「いいですよ、じゃあこちらに連絡くださいとお伝え下さい。」

と返事した。

 

次の日、友人から連絡が来た。

 

彼は30代の会社員Tさん。

 

ずっと営業職のサラリーマンとして活躍していて、会社では地位を築いており、今年子供が生まれたそうだ。

 

子供の将来のために副業を始めるべきと考えてたらしい。

 

15年以上会社に勤めて出世もしていながら、将来のために副業をしなきゃという考えもしっかり持ってる。

 

そんな出来た方に就活もしたことない最近までフリーターをしてたやつがビジネスを教えるのはすごく変な感じだった。

 

あ〜この人に教えて結果出なかったらどうしよう〜。

教えるって責任重大な仕事だなあ〜。

でもやるからにはこの人を稼がせないとな〜。

 

もともと人に合わせるのが苦手な僕に、教える仕事は向いてないとも思った。

 

お互いにあいさつを済ませて、Tさんとマンツーマンのブログレッスンが始まった。

 

これまで先生から学んで来たことを思い返しながら1から教えた。

 

Tさんはすごく真面目な方で、毎日質問に来た。

 

時には夜中から相談が始まり、朝まで話したこともあった。

「子供が起きるので…。」

と、お風呂場から通話してくることもあった。

 

生まれてきた子供のために必死に頑張ってるTさん。

 

僕もその必死さに、だんだん応えたくなっていった。

 

そしてTさんがくれる日々の些細な成功報告が、毎日の楽しみとなった。

 

最初からうまくいったわけではなかったけど、とにかくTさんは続けてくれた。

 

 

半年経ったある日。

 

Tさんからチャットが入ってた。

 

チャットを見ると、こんなメッセージが入ってた。

 

 

↓当時のチャット見ると、興奮気味で返信してますね…。笑

 

Tさんを教え始めてからあっという間の6ヶ月だったけど、今まで二人三脚でやってきた日々を思い出すと心が暖かくなった。

 

1年もした頃には会社よりも副業の収入が大きくなった。

 

 

一人でパソコン叩いてた頃は稼いでも心の中で小躍りする程度だったけど、Tさんから報告が来た時は全く別物の嬉しさがあった。

 

報告が来た時は嬉しくて、思わず立ち上がって画面の前で拍手してしまった。

 

 

後日イタリアンでお祝いして、今後の展望をいっしょに練った。

 

その時Tさんに

「おかげさまで嫁にも新しい電子レンジ買ってあげることが出来ました、ありがとうございました!」

と言っていただき、人に教えるのも悪くないと思った。

 

Tさんのおかげで人の人生が目の前で変わっていく瞬間に立ち会える楽しさも知りました。

 

また先生も闇落ちしそうなGinoを見かねてか色んな方との出会いを作ってくださったので、刺激的な仲間も増えていった。

普通に生きていたら出会えないような世界の経営者さんとも引き合わせてくださいました。

 

  • 元は会社員だったけど今は大企業の社長とセミナーを開催している青年
  • 家族のために手取り15万円の会社をやめて月収500万円稼いでるパパ
  • ビジネス一本で食べていくために地元佐賀を離れて名古屋に越してきた青年

など、ともに人生を大きく変えてきた人たちがいて、彼らの変化も間近見てきました。

 

「何もなかったあの頃」を知る者同士、たまに会うと昔話に花が咲きます。

 

過去を振り返るってネガティブな事だと思うかもしれない。

 

でも本気で頑張った過去は一生の宝物になります。

 

元々、

一人で稼げればいいや

好きなこと毎日出来てたらいいや

と思って始めたビジネスだった。

 

でも本当の意味で人生が豊かになったのは、知識や経験を人に伝えて、人の人生が変わった時でした。

 

人に無理やり合わせるのは苦痛だ。

でも価値観の合う仲間と、お互いの世界を共有して目的を達成するのは心地が良かった。

 

それからは、仲間といっしょにビジネスを学ぶ「コミュニティ」を作りました。

 

もがき続けたストーリー(人生)に、仲間が集まる。

 

僕のこれまでの経験、そしてTさんとの日々をひとつのストーリーにしてメルマガで発行しました。

 

するとストーリーに共感し、ビジネスを学びたいと言ってくださる人がたくさん集まりました。

 

僕は彼らをまとめてコミュニティを作り、毎日いっしょにビジネスを学んだ。

 

最近では京都で創業800年企業に話を聞きに行く老舗めぐりツアーにしたり

 

ZOOMで飲み会したり

 

時にはいっしょに海外(パラオ)で生徒さんと会って

自然豊かな場所でのんびり過ごしたり

 

リアルで集ってセミナー&懇親会したり

 

たまにナポリ流のピザ作り講座なんかもオンラインで開催したりしてます。

 

このような体験が出来るようになったのもメンバーと深いコミュニケーションを取りながら、みっちり成長出来る場を作ったことで、出会いがどんどん広がって行ったおかげです。

 

一度諦めたイタリアンのことでお客さんを喜ばせることが出来るようになったことで

「今までの人生、全部無駄じゃなかったんだ」

と以前よりも自分を肯定出来るようになりました。

 

これももし僕が一人部屋で黙々とブログ書いてたら出来なかった体験です。

 

起業という道を知り、選択肢が増えてからは、自分らしく生きていけるようになりました。

 

 

また、コミュニティを卒業した生徒さんからもたまにメッセージが来て、お互いに近況を報告をし合うこともあります。

 

 

大卒フリーターで仕事も就かずにふらふらして

何やっても続かなかったヘタレの人生でさえ

伝え方次第で誰かの背中を押せるし

志が近しい仲間を集めることが出来ると

コミュニティ企画の募集を通して学びました。

 

そしてたくさんの人と接してわかったのは、どんな人にもそれぞれのストーリーがあって、誰の人生もみな魅力的ということです。

 

だから自分に自信がない人も、自分の人生をじっくり読み返すことで、誰もが自信を持てるようになります。

 

「見せ方」さえ学べば、自分の価値を正当に伝えられるようになって、素敵な仲間もできます。

 

ストーリーがあるから商品だって売れるのです。

 

僕はストーリーを伝える力は、人生を自由にする力です。

 

コミュニティでは、時には自分を信頼して泣きながら身の上の相談をしてくださる方もいます。

 

ビジネスと関係ないで相談ごとを数時間かけて聞くこともあります。

お互いに応援したいと思える間柄なら身の上話も聞ききますし、

浅い人間関係はあまり好きじゃない。

 

ギブアンドテイク前提のスペックだけで惹かれ合う関係も好きじゃない。

 

でも、狭くても深い人間関係ならいくらでも築きたい。

 

人間、一人で惰眠を貪っていても幸せにはなれないと身を持って体験したからです。

 

だから色んな人と深い関係を築けるこの仕事にやりがいを感じていて、

ストーリーの伝え方や、気の合う仲間を集める文章の書き方を伝えています。

 

 

コミュニティを始めてから、僕は何度もナポリのピザ職人の言葉を思い出します。

 

「だからナポリ人はみんなで助け合うんだ。人間一人では幸せにはなれないでしょ?」

 

結局は、「人」なんだよなあ。

何をやるかより、誰と過ごすかだよなあ。

 

ってコミュニティメンバーに改めて教えてもらいました。

 

長かったと思いますが、ここまで読んでいただきありがとうございます。

 

↓最後にお伝えしたいことがあります。

 

最後に。「人生は死ぬ前に読み返すストーリア」

 

これは、

人と合わせることが嫌いな人間が、

自分探しの旅をして、

挫折を繰り返して、

勘違いの成功を手に入れ病んで、

結局「人」だと気づくまでの実話物語です。

 

僕は「人生は死ぬ前に読み返すストーリア(物語)」だと思っています。

 

受け売りですが、どうせ一度の人生なら死ぬ前に楽しめる壮大な冒険記にしたい。

 

ハリーポッターが面白いのはハリーだけでなく、ロンやハーマイオニーやダンブルドアやスネイプにも物語があるから。

 

ワンピースが面白いのはルフィだけでなくゾロにもサンジにもナミにも物語があるから。

 

物語は登場人物の物語が重なるほど、世界観に深みが出て面白くなる。

 

人生も同じだと思いませんか?

 

現代はYouTubeやネットフリックスにサジェストされ続けて、貴重な人生の時間を目的なく消費させられる時代です。

 

でもそれってどうなん?それでええの?

と僕は思います。

 

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これから、ますます他人が自分の道を勝手に作ってくる時代になってきます。

 

でも確実に言えるのはそれは僕らにジャストフィットしないということです。

 

僕は第5希望の会社に妥協して勤めてなんとなく生きていくのは嫌でしたが、現実そういう生き方しか知りませんでした。

 

途方に暮れつつ偶然運良くたどり着いたのが「起業」という手段で、その結果人生の選択肢がものすごく増えました。

 

人間みんな本当はポテンシャル高いし、何かにおいては必ず優れている部分があります。

 

でも知ってる選択肢が少なすぎるため、ちからを発揮できてない人が過去の自分のように人生に悩んでしまうんだと思います。

 

なので自分らしくない生き方をしてしまい悩んでいる方に「こういう選択肢もあるんだよ」って事を伝えていきたいと思っています。

 

自分らしく生きる人生はやっぱり心地いいし、どうせ短い人生なら好きな人と好きなことして生きていきたいですから。

 

そして壮大な人生ストーリーを作るなら、自分以外の登場人物(仲間)のストーリーも壮大じゃないといけません。

 

だからお互いに高め会える仲間を集めて、ぼくもいっしょに成長したい。

 

そんな想いで日々ビジネスを学んでいて、これからも必要な人には広めていきたいと思っています。

 

正直ブログだけでも食べていけるし、情報発信は大変だなと思うこともあるけど、それ以上にやりがいもあって自分らしく生きていける仕事なのです。

 

ビジネス系の発信は前向きで、成長思考で、いっしょにいて刺激にもなるし心地良い仲間が集まる。

 

全ては色んな人と物語を共有してわくわく出来る人生を送り、最後には何度も読み返したくなる感動の超大作にするため。

 

あなたのストーリアも感動に溢れた出来事でいっぱいになることを願っています。

 

Gino.

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